初めに
2025年12月某日。予てより機会を窺っていた、長野県は諏訪市の一泊二日の観光旅行に行って来ました。2025年はライブばっかりだったので、漸く観光旅行に時間を充てられました。目的は諏訪大社を巡る事、そして諏訪の自然を愛で、時間が許せば市内観光を楽しむ事でした。諏訪市から一時間と少しで安曇野市へ行けるので、翌日に大王わさび農場も訪れました。半年ほど前に行く予定でしたが、雨の予報(30mm)があったのでその時は見送りました。私は自然相手の旅が多いので、基本的に快晴の天気が望ましいからです。宿の予約をYahoo!トラベルでしましたが、ここはぎりぎりでなければ、所謂キャンセル料がかからないので助かりました。大幅な延期になりましたが、改めて日取りをして何とか年内に行く事ができました。
旅行の前日は、18時ぐらいまで仕事しようかと思いましたが、急速にやる気が萎えて17時半で帰る事にしました。最近仕事にやる気が出ない。残業代出ないし、自分だけ頑張ってもなー、と。本当は旅行計画を余裕を持って済ませる心算でしたが、忙しさにかまけてやれませんでした。なので、旅行前ぎりぎりの前日になってから準備を始めました。風呂と食事を済ませ、湯を沸かし珈琲を淹れ。しおりの作成や、撮影機材の充電等の諸々と格闘しました。私はいつも旅のしおりを作り、その行程に従って動くようにしています。その方が効率良く回る事が出来るし、ほぼ計画通りに事が進みます(時間の読みを間違えなければ)。何のかんので、旅行計画の仕上げ等で三時間はかかりました。旅の直前の天気予報は情報元によってばらばらでしたが、概ね晴れか悪くて曇り予想。天気に問題は無し。準備を終えたところで明日の為に(確か既に日付が変わっていましたが)慌てて床に入りました。
諏訪市に興味を持ったきっかけ
何故諏訪市かと言うと、日本の漫画十選に入る、いや、上位三位内には入るであろう、長久保貴一(ながくぼたかかず)さんが描く漫画、変幻退魔夜行カルラ舞う!(以下、カルラ舞う!)に影響を受けての事です。とても息が長い漫画で、私が子供の頃、昭和の時代から掲載紙を替えながら何十年と続いています。今時は「転生したら〇〇だった」みたいな粗悪な漫画が乱造されたり、すぐにアニメ化だとか、焼き直しや所謂スピンオフみたいな漫画が多いですね。日本の漫画の品質は地に落ちたと思います。他にやる事が無いのかと。長久保さんの爪の垢でも煎じて飲ませたいです。
カルラ舞う!は綿密な取材や作者の知識に裏打ちされた骨格があり、そこに神話・オカルト・歴史・民俗学の要素をふんだんに取り入れつつ、社会問題(土建屋利権や報道被害、犯罪被害者について等)や現代科学(気候危機の話も出て来る)も見事に融合して、他に類を見ない至高の漫画となっています。この漫画の行き着くところの一つは「結局一番怖いのは人間」と言う話。基本的に勧善懲悪な内容ですが、悪人の過去や情状にも触れ、読後に切ない感傷を与えてくれる事もあります。絵柄は昭和の少女漫画風?なので、今時の漫画と比較するとやや古い感じ(悪い意味ではありません)がするかもしれませんが、細かい事は気にせずに是非読んでもらいたいです。こんなに凄い漫画、中々お目に掛かれませんよ。主役は、強力な退魔の力を受け継いだ双子の姉妹。永遠の女子高生です。
さて、そろそろ旅の記録に移りたいと思います。この記事では、私はいつも通りただ粛々と、旅情などを綴りたいと思います。諏訪の歴史や文化等についての詳しい話は、専門家や観光協会等に任せるとしますが、私の知識の範囲内で適当に解説も入れます。私が子供の時分、たまに御柱祭の「木落し」がテレビ中継(録画?)されていたと思いますが、いつ頃からだったか忘れましたが、気が付けば全く見なくなりました。普段日本の古い文化に触れる事が中々無いので、今回の旅は良い機会となりました。歴史資料館を訪ねたり、深いところまで探って来た訳ではないので、ほんの片鱗に触れただけ、ですが。民俗学にとても興味があるので、いつか腰を据えて勉強したいと思いますが、今はその時ではない。私は民俗学の入り口に立ったか・立たないか程度の浅学ですが、この記事を読んだ人が少しでも、古い歴史を持つ街の雰囲気を感じ取ったり、興味を持ってもらえたら幸いです。浅学なので、民俗学について間違いがあったらすいません。
今回の撮影機材にはSIGMA fpカメラ+ART 20mm F1.4 DG DNレンズ、PENTAX KFカメラ+HD PENTAX-DA 55-300mm F4.5-6.3ED PLM WR REレンズ、GoPro HERO13 Black、京セラのぽんこつ携帯電話を使っています。
諏訪大社上社・前宮
いつも通り、ひたすら下道を車で走って現地に辿り着きました。高速道路を使わない理由としてNEXCOが嫌いなのもありますが、他にも理由があります。どうでもいいので省略しますが、車の運転で一番大事なのは安全であるのは言うを俟たないので、そんなところが理由です。適当な所でコンビニエンスストアに立ち寄り、朝食のパンと温かい無糖の珈琲を購入。冷える朝、孤独な道中に珈琲が沁みます。諏訪市が近くなると、路肩に少し雪が積もっていたり、冠雪した山々が見えるようになりました。気候危機が無ければ恐らく、この時期ならもっと深く雪が積もっていたかもしれません。外気の冷たさを示すように、車の窓ガラスが曇り始めたので、少し窓を開けて外の空気を取り入れつつ進みました。
途中、片道一車線の道路を暫く走りましたが、たまたまなのかいつもの事なのか、通勤時間帯で軽い渋滞に巻き込まれました。いつもGoogleで距離と時間を計算してから出発しますが、今回初めてGoogleの予想が外れました。予想時間よりも遅れて諏訪に到着。
山道を下り諏訪市に到着すると、(失礼ですが)思ったより栄えている街だなと思いました。四方を山に囲まれ、大きな湖があるので平地が少なく、居住地がぎゅっと圧縮されて詰まっている感じがします。山の方を見ると、結構高い場所にも家が建てられているのが分かります。道幅は広いとは言えませんが流れは悪くなく、よく整備されているようでした。


今回私は効率良く回る順番を決めており、諏訪大社上社前宮・本宮を先ず最初に、それから諏訪高島城、最後に諏訪大社下社秋宮・春宮を訪れる計画でした。前宮は県道16号沿いに入り口があり、付近の交差点に「前宮前」の表示があります。最初に訪れた前宮が、四社の中で一番規模が小さい神社になります。



車から下りると、思ったより冷たい外気に迎えられました。凍える程ではないけれど、身が引き締まる様な心地良い冷たさです。そしてこの冷たい空気が、神社の持つ雰囲気とよく合っていました。神社の空気は何処でも、清浄な感じがしますね。歩いているだけでも気持ちが良い。私が小学生の頃、冬季は校内マラソン大会があり、毎朝本番に備えて校庭を走っていました。今はその頃程寒くないけれど、当時の冬の冷たい空気を少し思い出しました。

正しい礼儀作法が分かりませんでしたが、神社内を歩いて回る前に手水舎(てみずや)で手を洗い清めました。この手水(ちょうずとも読む)は禊を簡略化したものです。本職でない人達が滝に打たれたり、川に浸かって潔斎(けっさい)するのは大変ですから。と言うのは、民俗学者の神崎宣武(しんざきのりたけ)氏の著書、社をもたない神々で学びました。
恥ずかしい話、神社参拝の正しい作法をこの時によく理解しておらず、実践出来ませんでした。幸いにも、後日学ぶ機会がありました。参道は右か左を歩く事(中央は神の通り道)とか、鳥居は入る時も出る時も一礼するとか、本当に基本的な事を知らかったのが恥。今後は旅路を急ぐ中でも可能な限り、作法に則りたいと思います。



十間廊(じっけんろう)と言う建物の前にある立て札、こちらには「かつて鹿七十五頭の頭が供された」みたいな事が書かれています。俗にいう御頭祭(おんとうさい)の事でしょう。現在では流石に生き物を殺生して供物とする、と言うのは難しいので、代わりに剥製を使っているようです。カルラ舞う!によると、諏訪の地は徳川綱吉が発令した生類憐れみの令の例外とされたようです。恐るべき神威ですね。野生の生き物を供えると言うのは、農耕が発達する前の狩猟採集型生活の影響でしょうかね。
私は基本的に宗教が嫌いですが、神話の世界は大好きで、無神論者と言う訳でもありません。何故なら、神が存在しないと誰も証明出来ないので。宇宙開闢の瞬間に立ち会った人類も、宇宙の果てまで旅した人類も皆無ですから。私はダーウィンの進化論を否定しています。進化論よりも余程、世界五分前仮説の方が信じられます(京極夏彦の小説に、五分前仮説の蘊蓄があったような)。エジプトの壁画のリトルグレイみたいなものを見ると、人類は自立進化ではなく、外的要因で進化を促進されたのではないかと思います。



話が逸れましたが、宗教の政治利用・収益目的化は以っての他で嫌いですが、信仰の文化や歴史だとか、それに対する人の想いには一定の敬意を払いたいと思います。因みに去年の12月に旅行に行ったのに、この記事を4月現在も作成中です。ワインを飲みながら。そう言えば、カルラ舞う!の 辰王もワイン好きだったか。記事を書いていて判明しましたが、どうやら私は前宮の本殿の存在に気付かず、素通りしてしまったようです。
諏訪大社上社・本宮
時間が限られているため、いそいそと諏訪大社上社・本宮の方へ移動。前宮がひっそりとしていたのと比較して、こちらは団体客も到着し、それなりに賑わっていました。私は東参道の駐車場に車を停めて進入しました。私は神社の常識がよく分からないので、何処が正規の入り口なのか見当が付きませんが、何となく北参道の方が正門な気がします。
この本宮だけでなく、この後に訪れた諏訪大社でも所々改修工事がされていました。前述した御柱祭の木落しですが、一番人気は本宮一之御柱だそうで。四社それぞれに御柱がありますが、全員が一之御柱に乗る事が出来る訳ではないので、外れると相当意気消沈するとか。木落しは実に荒々しい神事で、時に事故が起こって亡くなる人もいます(私の地元の祭りでも事故死が稀にある)。御左口(みしゃぐち)神は贄を求める祟り神なので、この神事で亡くなった人達の魂が贄になっているとか邪推したり・・・御左口神はテレビゲームの女神転生でお馴染みですね。




贄と言えば、蛙狩り神事と呼ばれるものがあります。厳寒期の川を掘って蛙を見つけて弓矢で射殺し、神前に供えるのです。この神事の本義については諸説あるようですが、蛇(蛇神)の獲物であるが故に蛙の贄とすると、説得力があります。人間社文庫(株式会社人間社)発行の古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究(148頁)によると、諏訪の古代人達の目に蛇の冬眠は理想的な物忌みとして映り、脱皮を驚くべき生命更新として捉えていたのではないか。とする解釈があります。蛇は見た目のせいか人間に嫌われる一方で、強い生命力が信仰の対象にもなっているのでしょう。エデンの園で人間の祖先を誘惑し、禁断の木の実を食べさせたのが蛇。ギリシアの尾を噛む蛇、ウロボロスは∞(無限大)の象徴。ギルガメッシュ叙事詩では、生命の儚さを知ったギルガメッシュが、折角見つけた不老不死の薬草を奪ったのが蛇。世界中の神話で、蛇は引っ張りだこですね。



画像にはありませんが、駐車場から一之御柱がある場所まで長い回廊があり、私がこれまで見た神社には無いような独特の雰囲気がありました。回廊を抜けて社務所がある辺りに、綺麗なとても御手洗いがあり、そこの水道は温水が出て来たので感動しました。
木落しは正確には式年造営御柱大祭と言うそうで、式年=七年目毎の寅年と申年に執り行われます。近隣の山から樅(もみ)の大木を伐って降ろし、神社の境内の四隅に立てます。諏訪大社の公式サイトが四社それぞれにあって、そこで正確な現場の地図を確認出来ます。御柱の配置はほぼ正方形で、右下から時計回りの順番で一から四の柱が立てられており、その法則は四社全てに共通しています。
諏訪高島城
諏訪大社春宮・秋宮へ行く前に、ついでに寄れる諏訪高島城を見ました。本宮から車で12分程度で到着。急いで回っているので各所の滞在時間は短く、まだ諏訪に入ってから一時間程度でした。城の外側に小さい駐車場がありますが、そこから見上げる城は立派で圧巻。公園内は御手洗いがあり、噴水や水道も備えられて、立派な庭園の趣がありました。私の地元で、この様な立派な公園は殆ど存在しないと思います。地方都市で、これだけ立派な公園を維持管理しているのは素晴らしい。



公園内はひっそりとしており、地元民や私と同じ観光客と思しき人が、数える程いただけです。高島城内部は拝観料が必要ですが、園内を歩き回るだけなら無料です。人間の他は、人よりも数が多い軽鴨達が、自由に歩き回っていました。自然にこの場所に居付いたのか、それとも人間の手で放たれたのか。分かりませんが、人を恐れず落ち着いた様子で動き回る鴨達が、私の心を落ち着かせて平和な気分にしてくれました。


私は自然や歴史的建造物にしか興味が無いので、旅行に行く時は天候が非常に重要になります。基本的に買い物とか、立派な宿に泊まるとかどうでもいいです。悪天候であれば良い自然の写真が撮れないし、雨が降ればカメラが壊れるし、晴天を望んでいますが運任せです。天候のせいで旅行を諦めた事が何回もあります。この旅行では、二日とも好天に恵まれて大変有難かった。



考えると地元の人達は、毎日の散歩でこの様な立派な公園を利用出来て、大変羨ましい。以前訪れた静岡県の柿田川公園も素晴らしかったですが、地元に誇るべきものがあるのは大変良い事ですね。この頃11時を回っていましたが、まだ空気は冷えたままで。気持ちが良い空気の中で、青い空に映える高島城を満喫出来ました。時間が無いので、外堀の方から写真を撮れなかったのが残念です。三十分程、公園内を散策して満足し、次の目的地へ向かいました。
諏訪大社下社・秋宮と春宮
本当はゆっくり滞在出来ると良いけれど、いそいそと先を急ぐ行軍。旅行に出るといつも、行って写真を撮って満足。みたいな感じになっていますが・・・あちこち見たい場所が沢山あるので、欲張りになっているかもしれません。さて、次の目的地は下社の秋宮です。高島城から車で12分程。秋宮も近くに駐車場があり、車を停めるのに困りません。


確か秋宮だったと思いますが、幣拝殿(春宮にも同じ建物がある)に丸い鏡が祀られていました。古来より、鏡は神の依り代とされています。鏡を模した鏡餅も神の依り代です。故に丸い。現代では当たり前の様に「のぼり」が商業用として使われていますが、本来の使途は鏡と同じです。神様に「こちらですよ」と下りて来る場所を示している訳です。


秋宮の公式サイトを見ると「恵比寿社」とか「八幡社」など、多くの社が存在しているのが確認出来ます。本来、神社は何を祀っても良いので。明治政府は神道を公事化(国家神道)しましたが、本当に馬鹿な事をしましたね。日本は古来より「八百万」の概念があるので、国家権力の暴走によって宗教弾圧が加えられたり、信仰の画一化が図られた事は非常に残念な出来事でした。
公式サイトによると、秋宮及び上社本宮では新嘗祭(にいなめさい、若しくはにいなめのまつり)の紹介があります。写真一枚と一行の説明のみの、ささやかなものですが。写真には卵や野菜、椎茸が映っているのが興味深い。何故かと言うと新嘗祭は神道の国教化により、「神饌の最上位は米である」事が日本全国で徹底されたからです(前述した神崎宣武氏の著書、「旬」の日本文化の179頁参照)。本来、神饌の品目には取り決めはありません。当然ながら、その土地ごとで採れるものに大きな違いがあります。山・川・野・海と収穫物はそれぞれ異なります。特に日本の野菜は95%が外来なので、稲作などの農業が定着するまでは、山菜や茸、獣肉など何でも供えていたと思います。新嘗祭は収穫を祝う祭りなので、「旬の生饌」が一番重要だったでしょう。



初日の前半最後の目的地は春宮。秋宮から車で5分程度の所にあります。春宮へ続く一本道は大門通りと呼ばれ、春宮大門(交差点)には鳥居があります。たまにありますね、公道上にある鳥居。車で鳥居を潜るのは新鮮な気分です。下の写真は春宮の入り口、石鳥居の前で撮ったもの。諏訪は標高が高く、周りに高い建物が無いのもあって、空がとても近くに感じました。景色が開けて気持ちが良いです。春宮は、道路を挟んで手水舎があるのが面白い。春宮の駐車場は、手水舎から歩いてすぐの所にあります。



SIGMAのART 20mm F1.4 DG DNレンズは、天体の撮影に重宝しそうなので購入しました。超広角レンズは便利なところと不便なところがあります。建物全体を一枚に収めたりする時は重宝しますが、遠方の山を映すと「漠然と山が全部入っている」みたいな感じの画になるので、何を撮りたいのかが上手く伝わらない事があります。また、映したくない部分も入って来るので、そのような時は被写体に寄る必要があります。広角単焦点とズームレンズの間を埋めるレンズ(理想は45mm)が欲しいところ。未だにART 20mm F1.4 DG DNレンズの記事が書けていないので、これもその内やりたいと思います。


本当に駄目な事ですが、限られた時間で回っていると、神社巡りが流れ作業の様な感じになって来るので、いつか一日じっくり時間をかけて堪能出来る日がやって来ると良いですが。神社は基本的に何処も似たような光景で、ただ漠然と見て回るだけだとその内飽きてしまうので・・・歴史資料を拝見したり、目を皿のようにして社内を観察すれば色々発見があると思いますが。そう言った時間が取れるのは、もっと先の話になりましょうか。


諏訪大社公式サイトによると、春宮では筒粥神事(つつがゆしんじ)と呼ばれる神事が一月十五日に行われているのが分かります。以下、公式サイトの引用。
春宮の筒粥殿で米と小豆と44本の葦の筒を大釜に入れて一晩中粥を炊き、15日未明に筒を割り、中の粥の状態で農作物43種と世の中の豊凶を占います。占いの正確なこと神占正に誤りなしと七不思議の一つです。
前述した神崎氏の「旬」の日本文化(31~32頁)を読むと、一月十五日は「小正月」と呼び、元旦の「大正月」に対応しているそうです。小正月にその年の吉凶を占う年占(としうら)と呼ばれるものが存在し、その中に豊作を占う粥占(かゆうら)が各地で伝えられています。正に筒粥神事とは、この粥占に相違ないでしょう。神崎氏の本は大変参考になり、「旬」の日本文化は年中行事を網羅している素晴らしい傑作なので、いずれ紹介したいと思います。


春宮からは、遠くに諏訪湖を望む展望が得られます。やはりこの開放感が心地良い。神社は元々、清らかな水が湧き出ている所に建てられるそうです。背後に霧ヶ峰が鎮座し、街の中心には諏訪湖があり、日本酒の蔵元がある諏訪市。豊かな水に恵まれたこの地に、諏訪大社が存在しているのは必然でしょう。山の神、水の神、稲作の神。色んな神様が住まうのがここ諏訪市です。春宮を出る頃には昼を回っていたので私にしては珍しく、まともに昼食を摂るべく移動を開始しました。
昼食、南大門
旅行前から昼食を摂る場所は決めていました。春宮から車で十分程度。焼き肉専門店の南大門で昼食をいただきました。私が子供の頃は、親がたまに地元の焼肉屋に連れて行ってくれたり。二十代の頃は、友達と焼肉食べ放題の店を利用した事もありました。最近は年を取って諄い食べ物が少し苦手になったり、「食べるために育てて殺す」畜産に疑問が生じ始めたのもあり、以前と比較すると余り獣肉を食べなくなりました。それでも、たまに食べたくなってしまうのは罪深い人間の性ですね。


駐車場に車を停めると(駐車場は狭い)店の外まで強烈な焼肉の匂いが漂っていました。私は焼肉店とか居酒屋で、移り香で服が臭くなるのは嫌いですが仕方ない。最近の食べ放題ではない焼き肉店の相場が分からないので、このお店の値段は高いのか安いのかは判断出来ず。日頃は節約を心掛けていますが、旅先は多少の贅沢を許しているので、値段を余り気にせず好きな物を適当に選びました。車の運転があるので、ビールを飲めなかったのは残念。



この店は食事をしながら、目の前の諏訪湖を一望出来るのが良い。外の光景と良い香りの相乗効果で食欲がそそります。ご飯(味噌汁と漬物付き)とジンギスカン、カルビを注文しました。ジンギスカンは独特の臭みがあり、臓物っぽいと言うのか、ややレバーの風味がありました。苦手な人は多そうですが、私は悪くないと思いました。ジンギスカンは味噌だれで下味が付いており、これで充分。甘過ぎず良し。私はこの店が使っている様な鉄板を初めて見ましたが、珍しい物なのでしょうか?私の地元では網焼きか、普通に丸い鉄板の店が多いかと思います。


カルビは脂が諄かった印象。私が中学生の頃はまだ霜降りとか、脂身が多い肉は持て囃されていなかったと思います。やはりカルビは赤々とした身に限る。最近の焼肉は脂肪が多く、身が柔らか過ぎる気がします。「記憶は美化されるもの」ですが、私が子供の頃に外で食べた焼肉は、もっと美味しかったような。何にせよ、旅行で食べる食事は気分の問題もあり、美味しくいただけた事には相違ありません。私のぽんこつ携帯の写真でも、立ち上る湯気が如何にも美味しそうな雰囲気を伝えていると思います。食事は腹八分目が一番。食後も歩き回るので、さっと切りを付けて店を出ました。
霧ヶ峰
私が旅行の計画を練る時は「〇〇の絶景」みたいな単語で情報検索したり、Googleマップで周辺に何か興味を引く場所がないかざっと見通します。最終的に宿のチェックインの時間には戻れるぐらいの範囲で、回れる所は全部回る事にしています。予定外の事が起きたりして、計画通りに進まない時もありますが。霧ヶ峰は事前に調べて、絶対に見ようと思っていた場所の一つです。
霧ヶ峰への行き方をGoogleマップに尋ねると、県道40号と県道424号の二通りを示されると思いますが、私は40号を選択しました。40号は余り曲がりくねらず真っ直ぐですが、序盤はかなり急勾配の坂道になっています。行きよりも帰りが怖いです。重い車だと上るのに苦労するかもしれませんが、我がスイフト号なら楽勝でした。

今回、時間制限と季節の関係で八島ヶ原湿原、塩嶺御野立公園(展望台)、高ボッチ高原は見られませんでした。八島ヶ原湿原の周囲に柵が張り巡らされていましたが、どうやらこの柵は鹿の侵入を防ぐためのようです。高ボッチ高原(市道高ボッチ線)は2025年の場合は、11月25日には冬季閉鎖されていました。高ボッチ高原は春の雪解けから、晩秋ぐらいまでしか見られないようです。またいつか緑が萌える時期に再訪し、湿原と高原を観て回りたいと思います。
県道194号は通行止めですが、その手前の八島ビジターセンターあざみ館までは通行出来たので、興味本位で行ってみました。道中、除雪作業か何かをしている人達がいました。上記の写真にある通り、路面に薄っすらと雪が積もっていました。冬用タイヤを履いていませんが、この程度の雪ならスイフトスポーツの敵ではありません(たまに少し滑る事がありましたが)。

私の地元は豪雪地帯ではないので、この二十年近く通常タイヤしか履いた事がなく、そして困った事が一度もありませんが、他の人は真似をしないように。何十年も前であればきっと、通行出来ない程雪が積もっていたでしょうね。少し景色を楽しんで満足した後、ビジターセンターから長野県霧ヶ峰自然保護センター(かなり広い駐車場がある所)まで戻って、もう少し先まで車を走らせました。下記の写真はそのセンターから撮影した風景です。時系列で言えば、ビジターセンターよりもこちらが先でした。



ここは静寂の世界でした。町の喧騒が一切聞こえず、風の音も無く。冷たく時間が制止した様な世界に心を打たれました。ここまで息が詰まる様な静寂を感じたのは、恐らく生まれて初めてだったと思います。息が詰まると言っても苦しい訳ではなく、息を飲む程の自然美に感動したと言うのか。およそ人が住むのに適した場所ではないですが、どうしてか、とても心が落ち着くのを感じました。自分以外の人間が全て消えてしまったような錯覚。世界の果ての様な場所でした。緑に覆われた季節に来ればまた違った感動があると思いますが、冬季に訪れて本当に良かったと思います。行った人だけが分かる感動です。冬の湿原を見られなかったのが心残り。

もう少しだけ先に進んで、Googleマップ上では「チャプリン」と表示がある飲食店まで到達しました。意外とこの時期でも、私以外に車を走らせている人達がいました。ここで面白い光景に遭遇しました。ダイヤモンドダスト現象ではありませんが、大気中で何かが沢山光っているのに気付きました。この日の霧ヶ峰の正確な外気温が不明ですが、体感でマイナス10度以下ではなかったと思います。ダイヤモンドダストはマイナス10度以下でないと発生しないそうなので、それとは違う現象です。木に積もった小さい雪の粒が風に舞って、それが陽光を反射しただけ。と言う感じでしょうか。そう言ってしまうと、大した事が無い様に聞こえてしまいますが。



後でGoProの動画を確認したら、光の粒が風に乗って流れていたので、やはり雪か氷でしょう。上記画像の三枚目を拡大すると分かりますが、小さい雪か氷の粒が綺麗に煌めいているのが分かります。ダイヤモンドダスト程の豪華さは無いけれど、心地良い静寂と神聖な冷気の中で見るこの光は大変美しく、とても良いものを見られたと思います。ここまで登った甲斐がありました。外気はとても冷えていましたが、強い風が吹いていなかったので、良い時期に来られて良かったです。この頃には日が傾き始め、宿のチェックインやその後の予定があったので、早めに切り上げる事にしました。何事も、引き際を見誤らない事が肝心。
ホテルルートイン上諏訪
私は基本的に、旅行先の宿に豪華な食事や部屋を求めないので、今回も所謂ビジネスホテルに泊まりました。私にとって一番重要なのは、駅から近くて交通が便利とか、近くにバーがあるかとか。私が一晩お世話になったのはホテルルートイン上諏訪です。ここは諏訪湖沿岸にありますが、残念ながら私が泊まった部屋からは、湖が見えませんでした。こちらに着いたのが15時を回っていたでしょうか。ずっと運転・歩きっぱなしだったので、漸く落ち着く事が出来ました。荷を下ろして一息ついた後、記憶が新しい内に旅の記録を取り始めました。
確かここに来る前に翌日の為、近場で給油を済ませたと思います。地方都市はやはりガソリン価格が高く、私の地元よりリッター当たり10円以上高かったです。日本は本当におかしい事だらけですね。地方や田舎の方が、生活にお金がかからないと言う事実は存在しないのに、何故か最低賃金が低かったり、水道料金が高かったりします。だから地方が衰退するのです。早急に、大都市一極集中の経済は止めるべきですね。



このホテルの鍵はカードキーではなく金属の鍵。自動施錠も無し。これで良い。と言うか、この様な古めかしい方が落ち着きます。建物は外観も内装もやや古い感じですが、私はこう言うのが結構好きだったりします。出張で地方都市に来たサラリーマンや、現場仕事の人達が使いそうな雰囲気のホテル。私にはこの方がしっくりきます。風呂と手洗いは私の目には充分奇麗で、インターネットは有線接続出来るのが得点高いです。無線の設定をするより、持ち込んだLANケーブルを繋ぐ方が早いので。宿なんて清潔な風呂と手洗い、そして快適な寝床があれば充分ですよ。私は集団浴場が苦手なので、個室に風呂があるのは必須条件です。




宿で休憩を取り、気持ちを改めて次の予定へ進みました。この日最後の計画は、諏訪の酒蔵を回る事でした。旅程を立てた当初の予定には無く、かなりぎりぎりで思い付きの様な感じで計画しました。旅行直前になってネットで情報を収集したところ、私の食指が動く様な魅惑的な日本酒の酒蔵が、宿の周辺にいくつもある事を知ったからです。酒飲みとしては見逃してはならぬと思い、急遽予定に組み込みました。
諏訪五蔵巡り
正確な時間を覚えていませんが宿で落ち着いた頃は、もう16時近かったと思います。諏訪には日本酒の蔵元が五か所あって、それぞれが極めて近い範囲に集中しています。これらは諏訪五蔵と呼ばれ、真澄・横笛・本金・麗人・舞姫からなります。ルートインから徒歩で行ける程近くにありますが、出発した時間が遅かったため、五蔵全てを回るのは無理そうでした。なので、自分の直感で三軒に絞って回る事に決めました。閉店時間前の16:30にはどこも試飲が終わってしまうので、注意が必要です。16時過ぎから回り、試飲が終わる16時30分までに三か所回ったのは流石私。舞姫、麗人、横笛の順に回りましたが、私の評価としては登場順で良かったと思いました。
この五蔵ではお金を払うと架空の硬貨を渡されるので、それを機械に投入して好きな日本酒を試飲する仕組みになっています。私は日本酒の造詣に深くないので、この旅で初めて「搾り立ての日本酒」と言うものを知りました。通常日本酒は、味の安定と保存の為に「火入れ」を行って貯蔵しますが、それを行わない非常に新鮮な状態を保った日本酒があります。新酒は当然ながら保存は要冷蔵になり、流通するのは大体どこも11月から3月までのごく短い期間になります。冷蔵技術が無かった昔には不可能な飲み方でしょう。因みに、お土産として新酒を購入しましたが、車のトランクの中に入れておいたら、家に帰るまで瓶が冷たかったです。この時季の諏訪市は相当冷えるので、屋外に駐車した車のトランクの中は、きっと冷凍庫並みに冷たかったと思います。一日程度なら車の中で保存しても大丈夫そうです。



最初に訪れたのが舞姫(株式会社舞姫)ですが、結論を言うとここの日本酒が一番良かった(私好み)です。舞姫は300円で三種類試飲可能で、麗人と横笛は同じ金額で二種類飲めました。三軒回った中で、最初に飲んだ舞姫の翠露純米吟醸美山錦しぼりたて無濾過生原酒が一番美味かったです。飲んだ瞬間鮮やかで華やかな味わいにはっとさせられ、とても気に入ってこちらを購入しました。これまで飲んだどの日本酒とも違って、とても個性的でした。私のこれまでの日本酒の印象は、基本的に甘さが濃いお酒と言う感じでしたが、日本酒の新酒がこんなにも新鮮でさっぱりしているのかと、驚きを隠せませんでした。翠露純米大吟醸雄町中汲み生酒磨き49も美味かったです。もし前者を知らなければ、こちらを購入していたでしょう。舞姫の商品はこの後、公式通販で追加購入する程気に入りました。もう少し詳しい話は、別記事でやりたいと思います。舞姫は建物の中に入ると良い意味でこじんまりとしており、昔ながらの日本建築の内装がとても落ち着いていて、店の雰囲気も一番良かったと思います。外から見た建物も歴史を感じられ、日本の建築はかくあるべしと思います。



麗人(麗人酒造株式会社)は純米吟醸山廃仕込みと辛口の極みを飲みました。悪くなかったが、舞姫の印象を上書き出来なかったです。それ程までに、新酒の美味さの虜になっていたからです。なので、こちらでは初しぼり純米吟醸生原酒(緑のラベルじゃない方)をお土産として購入して、後日舞姫の新酒と比較しました。麗人は広い店内に商品が整然と陳列され、取り扱うお酒の豊富さは舞姫より上でした。
横笛(伊東酒造株式会社)は会計の奥がすぐに事務所になっていますが、酒蔵の雰囲気を壊さないように、事務所は見えない方が良いと思いました。こちらでは初つくりとひやおろし純米酒を飲みました。こちらの初つくりは舞姫の新酒と一線を画し、色からしてその違いが分かります。初つくりは仄かに黄色く色付き、少しだけ発酵感が漂っています。極めて新鮮でさっぱりしている舞姫の翠露とは、また違った個性と魅力があると思います。こちらの商品も、別記事でもう少し詳しい事を書きたいと思います。この五蔵で貴重な発見がありましたが、万人にお勧めしたいです。日本酒の新酒は本当に美味い!と。時季が巡って来たら、また新酒を購入したいと思います。



横笛を出た時、小さい紙コップと言えども七種類の日本酒を試飲したので、程良く酔いが回ってきました。心地良く酩酊し、外気に触れながらホテルまで帰る道のりが、良い酔い覚ましになりました。この頃にはすっかり日が落ちて、景色が影絵の様な世界になっていました。夕食をまだ決めていなかったので、ホテルで小休止を取って晩酌の事を考え始めました。
夕食
私は食事には余り頓着しない方なので、基本的に旅行先で当地の〇〇を食べたいとか、贅沢な食事などには一切興味がありません。なので、適当にラーメンでいいやと思い、宿の近くにあるラーメン屋で夕食を摂る事に決めました。ここでラーメン屋と間違えて、何も考えず隣の居酒屋に入ってしまったのは間抜けでした。席を案内されてしまったので、もうここでいいやと思い、食事にありつきました。


昼に贅沢したし、あまりお腹が空いてなかったので、野菜を中心とした軽い摘みの様な物をいただきました。最初の一杯はビールで。このお店では、山葵和えが一番美味かったです。かなり鼻につんときました。山葵と言えば、翌日に大王わさび農場に行く予定で、この時から非常に楽しみでした。画像にありませんが、他に注文した獅子唐と椎茸は、もっと身が大きいと良かったです。こちらのお店は可もなく不可もなくと言ったところ。


旅行の楽しみの一つが現地のバーに行く事。本番はバーで美味い酒を飲む事です。適度に腹ごしらえが出来たところで店を出ました。店員さんに見送ってもらい、次の店に行く前にすぐ側の諏訪湖まで歩いて移動。漆黒の湖岸に立って冷たい風を浴び、波の音を聞きながら少し休憩しました。冷気で頭が冴えたところで、駅方面へ移動しました。本当はネットで調べた「バーボン特化のバー」とやらに行く予定でしたが、この日は店主が不在でした。同じ建物の別の部屋から出て来た人に話を聞くと、ここ数日店主の姿を見ていないと教えてくれました。安否が気になりましたが予定変更して、二軒目で訪れる心算だった店で飲む事にしました。
カクテルバー・エデン
ホテルルートイン上諏訪から歩いて10分の所にあるのが、カクテルバー・エデン。宿から近く正に理想的なお店です。宿を選ぶ基準が「バーが近い事」なのが酒飲みの私らしい。大の煙草嫌いな私としては、このお店は禁煙なのが好印象でした。禁煙のバーって、とても珍しいですね。一度冷えた体を温めようと思い、先ずは温かいカクテルをいただく事にしました。店員さん(店主?)に断って写真を撮らせてもらいましたが、フラッシュを焚いていないので、写真がかなり不明瞭になっています。


確か「何か温かいカクテルを」と所望したところ、店員さんがホットジンスリングを提案してくれたと思います。使用したのはヤマレストのアールグレイジンです。ジンはジュニパー以外の制限がありませんが、紅茶を使っているのは珍しいでしょうか。私にジンをお湯割りにする発想は無く、この飲み方は新鮮でした。ストレートでも少し飲ませていただきましたが、割った方が紅茶の感じがよく出ているかもしれません。ジンのお湯割りは意外としっくりきて、体が温まって美味しかったです。


お酒を作ってくれた店員さんは、空いた時間は自分の携帯電話かタブレットを見ており、あまり話しかけてきませんでした。常連客とは会話をしていましたが、不愛想と言う訳でもなく、次何を飲むか急かされないので、落ち着いた時間を過ごせて良かったです。バーって、本当に色んな店員がいて面白い。途中で他の店員さんが出勤して来て、スープを提供してくれました。
ホットジンスリングの他はダグラスレインのザ・ゴールドロンズ、アードナムルッカン、マティーニもいただきました。こちらではウイスキーを注文した時、加水用の水とスポイト提供してくれましたが、初めての体験でした。今までスポイトを出してくれる店に出会った事は無かったので、旅をすると本当に色んな体験が出来て素敵です。




ここで飲んだ中で、一番印象に残ったのはフロキのシープダングスモークでした。アイスランドのアイムヴァーク蒸留所の商品で、燃料に羊の糞を使っています。このような珍しいウイスキーを置く冒険心には好感が持てます。店員さんによると、フロキの商品の中でこれが一番印象的だったので、店に置く事に決めたそうです。フロキが持つ香ばしさは、スコッチのピートとは一線を画します。ピート麦芽の香ばしさと違い、本当に焚火の煙の様な香ばしさです。目の前に燃える焚火が見える様な、非常に強い性格をしています。この商品は以前から知っており、飲む機会を窺っていたので、非常に好都合でした。
こちらでは二時間ぐらいお酒を飲んでいたでしょうか。私にしては珍しく深酒せず、22時過ぎには宿へ戻ったと思います。カクテルバーエデンの印象は良く、また諏訪に行く事があれば、こちらに寄りたいと思いました。
翌朝
明けて翌朝。この日は安曇野市の大王わさび農場へ行く予定で、余裕を持って6時30分ぐらいには起床しました。どんなに疲れても、どんなに酒を飲んでも、やるべき事がある時は起きられるのが私。朝食を外で買い求める手間を省く為、今回は朝食バイキング付きで予約しました。朝食バイキングと言っても、その内容は質素なもの。前にも言いましたが、出張のサラリーマンや現場労働者が利用する様な、この簡素な感じがむしろ好ましい。

朝食を済ませて部屋へ戻り、チェックアウト前に入念に持ち物確認をしました。旅をする時に一番気を遣うのが、荷物の不備が無いか・忘れ物が無いかの二点です。忘れ物に気付いて、慌てて引き返すとか絶対したくないですから。私は旅のしおりと一緒に持ち物の一覧をエクセルで作り、印刷して携行しています。レ点を付けて忘れ物が無いか、しっかり確認して出立するようにしています。予定通り、8時ちょうどにフロントで鍵を返却し、一晩のお礼を受付の人に伝えて宿を出ました。
駐車場の我が愛車は案の定、早朝の冷え込みで窓硝子が凍結していました。溶かすのに少し時間を有しましたが、前述した通り、この冷気がトランクを冷凍庫に変えてくれました。お陰で日本酒の保存は完璧でした。諏訪市との別れを惜しみながら、安曇野市に向けて車を西へ走らせました。
安曇野市は、諏訪市から車で一時間と少しで到着出来ます。道中に件の高ボッチ高原がありますが、今回は見送り。主な幹線道路は国道19号ですが、これが意外と流れが悪い。法定速度が50kmの道路でも、何故か40kmとかそれ以下で走行する人達が、どの地域でも結構いますよね。凡そ混雑する要素は無いのに、流れに乗れない人達のせいで、いつも無駄に時間を取られるのは苛々します。遅いのに追い越し車線をずっと走る人とか、よくいますよね。この国道19号は行きの流れも悪かったですが、特に帰りが最悪でした。

国道19号は妙に流れが悪い幹線道路でしたが、それ以外は極めて快適な道ばかりだったと思います。諏訪市から19号に合流するまでの間や、塩尻市を抜けて安曇野市に入ってからは、とても流れが良かったです。雪化粧をした山々が随所に見られ、移動中に楽しい一時を与えてくれました。
大王わさび農場
大王わさび農場を知ったのは、新聞か雑誌で記事を見たのがきっかけだったと思います。私は自然が大好き。自然の中でも兎に角、綺麗な水が大好きで、美しい海・湖・川を見たくてしょうがありません。私は水に対して根源的な畏怖と、揺籃の様な心の落ち着きを感じます。同農場と諏訪市の距離が近いので、抱き合わせで旅行の計画を練った次第です。

農場に到着したのが9時37分。広い駐車場は空きが多く、まばらに車が駐車していました。私は広々とした所で駐車しました。歩くのは苦にならないので、建物から離れた所に停めます。他の車にぶつけられたりしないよう、空きが多くて、ちゃんと輪留めがある場所を選ぶのがこつです。

車から下りると、まだ新鮮な朝の空気を感じられました。農場の西側には衣の様に雪や雲を纏った山々が見られ、正に眼福。政府が無能なので地方で暮らすのは大変かもしれませんが、この様な美しい自然に囲まれて暮らせるのは幸せだと思います。ここでもPENTAXのズームレンズが活躍しました。超広角レンズだと漠然と山が映ってしまいますが、ズームレンズだと山の大きさや迫力が良く伝わると思います。



山を撮った後は、水車小屋周辺を撮影に行きました。写真からも、水の清浄さが伝わるかと思います。底で揺らめく水草が朝陽を受けて明るく輝いており、非常に美しいですね。この川は万水川(よろずいがわ)と呼ぶそうです。日がな一日、川の水を見ながらぼーっとして過ごせそうなぐらい、長閑で心落ち着く情景です。



畑と言うのは、どこまで行っても人工物です。本来そこに住まう生き物達を追いやって、人間の都合で整備するのですから。しかしこの農場は、中々自然と調和している様に見えました。人間が謙虚な姿勢を保てば、自然はそれに応えてくれると思います。



山葵畑の水路が朝陽を強く反射し、眩いばかりでした。ズームレンズと超広角レンズを使い分けましたが、お互いが不足している部分を補い合ってくれました。何事も均衡が大事。


遠く長く広がる畑を見ていると「大王」の名を冠しているのに納得します。この様な広大で立派なわさび農場は、中々お目にかかれないでしょう。



この大王わさび農場は人気があるのか、観光バスから多くの観光客が下りて来ました。人が入ってしまうので、じっと我慢して視界からいなくなるのを待って、建物を撮影しました。わさびソフトの看板が目に入ったので、記念としていただく事にしました。せっかくなので、一番贅沢な大王プレミアムソフトクリームを選びました。山葵とアイスの組み合わせは初めての経験でしたが、意外とアイスと山葵が合っていました。山葵は鼻につーんと来る強烈な刺激が無く、しゃきしゃきとした新鮮な歯応えがあり、香りの良さが感動的でした。新鮮な山葵がこんなにも美味しいとは!!アイスも美味しかったです。ここに来たら是非、わさびソフトを食べる事をお勧めします。



ソフトを堪能した後は、帰る前にお土産品を物色。ここは食べ物以外にも雑貨等もあったでしょうか。土産物として喜ばれそうな定番商品が一通りあったと思います。私は職場向けにはお菓子を、家用では味噌などを購入しました。農場全体を一時間半ぐらい見て回ったでしょうか。個人的には、ここは一回訪れれば充分だと思いますが、一見の価値はあると思います。安曇野市を訪れる際は、こちらに寄る事をお勧めします。
おまけの龍門渕公園
Googleマップ上で、大王わさび農場の近くに「白鳥飛来地」と言う場所があるのに気付きましたが、時間の都合でそこへは寄らず。代わりにちょっとだけ寄り道して、わさび農場から車で10分程度の所にある龍門渕公園へ行きました。



付近に綺麗な川が流れる長閑な公園でした。園内の看板を見ると、付近は色んな川が合流しているようです。時間に余裕があれば、この周辺を見て回るのも一興でしょう。
交通について
諏訪市民の運転は非常に荒い。車間を空けない人達が多い。日本全国共通かもしれませんが・・・霧ヶ峰から下る時、結構急勾配だが減速せずに、かなり詰めて来る阿保がいました。日本全国、運転態度が悪いのは共通らしい。付近は住宅があり、住民が突然出て来るかもしれないので、私は安全な速度で下りました。県道40号は、特に下りの際は気を付けて走行しましょう。
諏訪市内は所々、妙に信号の待ち時間が長い所があります。また、線路を渡る時に一時停車する車が、交差する車道にはみ出したりとか、結構危ない所があります。渋滞する事はありませんが、道が入り組んでおり、土地勘が無いとナビを頼りに走行する必要があるかもしれません。しかし、都会と違って妙に「表情がある」と言うのか、走っていて楽しい街でした。
それから、安曇野市の交通状況ですが、前述した通り国道19号の流れが非常に悪かったです。同国道は南北に長く、中津川市の方まで伸びていますが、確か塩尻市付近までずっと渋滞(帰りの下りの時)していました。事故渋滞だったのか、日常的な自然渋滞なのか分かりませんが、数km進むのに凄く時間がかかりました。土地勘がある人なら迂回路を知っているかもしれませんが、私は大人しくゆっくり進む事にしました。
今回の旅で気になったのが、意外と雪の跳ねで車の硝子が汚れる事。これが只の泥ではないようで、油分も含むのか、洗浄液をかけても窓硝子の汚れが中々落ちませんでした。旅をしている間、かなり頻繁に液を噴射しました。冬季に旅をする場合は、事前に洗浄液の補充をするのは必須でしょう。
気候と服装について
諏訪市は北に山、南に湖があるので、風がやや強く空気が冷たいです。諏訪市の標高は約760mで、霧ヶ峰の標高は最大で1,900mだとか。私が到達した所で1,700mぐらいだったかと思います。標高差のせいか翌日、高山病?に罹りました。食欲が無く、軽い頭痛がしました。私は酒に強い方なので、前日の酒が影響しているとは思えません。標高が高い霧ヶ峰を短時間で上り下りしたり、道中は山道が多く、同じく上り下りを繰り返したのが原因ではないかと思います。翌々日には治ったと思いますが、初めての体験で驚きました。そして、頭痛や食欲不振に関わらず、地元に戻った時に忘年会でまた酒を飲んでいたので、我ながら頑丈だと思います。
服装については、私が寒さに強いので余りあてにならないかもしれませんが、私の場合は地元と大して変わらない服装で平気でした。最近旅でよく使う化学繊維の迷彩ジャケット(裏地無し)、起毛した綿のチェックシャツ、それからデニムパンツ。中に防寒用の肌着やタイツなど。それらで充分でしたが、手はかじかむぐらい寒かったです。やはり人間は胴体よりも、耳や指先などの末端が冷え易いようで、露出したそれらは結構冷たく感じました。でも、この程度の寒さは私が子供の頃なら、地元でも同じぐらいだったと思います。12月に諏訪を訪れるなら、帽子や手袋もあった方が良いかもしれません。
総評
思ったよりも旅の記録が取れていなかったので、記事の内容が物足りなかったと思います。旅から半年近く経ってしまったのも原因ですが、旅の記録は正確に、記憶が新しい内に完了すべきと反省しました。
今回の旅は諏訪市が主だったので、安曇野市はややおまけの扱いでした。諏訪市に関しては神社巡りあり、お城あり、酒蔵あり、大自然ありで、色んな事を堪能出来る旅でした。日本らしい情緒が溢れる街を楽しみたい人、酒蔵で直接試飲を体験したい人、大自然を満喫したい人。色んな人達にお勧め出来る土地だと思います。諏訪は知名度が低いのか混雑していないし、交通に不便無し(JRの駅もある)。所謂チェーン店もあったと思いますが、食事にも困る事無し。程良く開けた地方都市ですが、変な観光地化されておらず、空気が綺麗で心地良い所。これまで旅した街の中では、間違いなく最上位に入る所でした。非常にお勧めです。
最後に
旅行の後、久しぶりにカルラ舞う!の諏訪編を読みたくなりましたが、今は紙の本が新品では手に入らないので、AmazonのKindleで購入しました。上下巻で諏訪怨霊祭編と言う名前で出ています。もう五年か十年か前に、姉が所有していたカルラ舞う!の本が全部捨てられてしまったので、今となっては捨てられる前に確保すべきだったと後悔しています。その内、この漫画についても記事が書けたらと思います。
恐らく、次の旅こそは長野以外の都道府県に軸を移すと思います。三重県、滋賀県、群馬県。何処にしようか。今から楽しみです。そろそろ沖縄県にも行きたい・・・私は生きている間に四十七都道府県全て制覇したいので、同じ所には行かないようにしています。しかし、諏訪市はこれまで訪れた街の中で、一番気持ちが良い場所でした。若しかしたら、二度目の訪問が近い内にあるもしれません。
記事公開 2026年5月23日


