旅の記録 その九 滋賀県 彦根城と生水の町、針江を訪ねて

初めに

2026年2月某日、滋賀県の彦根城と生水の町針江を訪れました。2023年から静岡、長野、岐阜と巡って来ましたが、今回は個人旅行としては初の滋賀県です。もう十何年も前に友人と滋賀県を訪れた事がありますが、今や名前も覚えていない洞窟を探検して、蛭に噛まれた記憶しか無い県でした。子供の頃、私の親は姉達を琵琶湖の旅行に連れて行きましたが、私だけは置いてけぼりにされました。私も付いて行きたかったのですが、その時は私が小さ過ぎたのもあり、親は「琵琶湖の病院に行く」と言う、とんでもない嘘を吐いて私を納得させました。今でも覚えています。

針江に行こうと思ったのは、新聞記事か何かで生水の情報を目にして、興味を引かれたのがきっかけです。私は綺麗な水と自然には目が無いので。針江が旅の目玉でしたが、その道中に回れる所は全て回る心算で計画を立て、気が付けばかなり詰め込んだ旅程となりました。

今回使用した機材は、SIGMA fpカメラ+ART 20mm F1.4 DG DNレンズ、PENTAX KFカメラ+HD PENTAX-DA 55-300mm F4.5-6.3ED PLM WR REレンズ、KFカメラ+HD PENTAX-DA 35mmF2.8 Macro Limitedレンズ、それから携帯電話のカメラです。

出立

年度末近くは何かと忙しく、旅の準備がまともに出来ないまま当日を迎えました。携帯電話の充電を忘れていた上に、出発の時間が予定より30分遅れ。他にも色々と問題が発生。運転中に携帯電話を見る事が出来ないので、私は車のナビゲーションを頼りに車を運転します。基本的に経路はGoogleマップで事前に調べますが、ナビゲーションは大概Googleとは違う道を提示します。今回は目印となる場所の電話番号を検索して発進しましたが、その番号が滋賀県ではなく大阪の番号でした。例えば会社名を目印にした場合、その代表番号が所在地のものとは限りません。普段他県・他市の市外局番なんて意識しないので、全然気付きませんでした。途中で変な道を案内されているのに気付いたので、安全な場所で一旦停止して調べ直し。ナビゲーションの登録を打ち直し、気を取り直して出発しました。

この失敗は次の旅行で生かされる事になりました。私は学習する人間なので、宿に到着したらこの日の内にしおりを修正しました。しおりの目的地の欄に電話番号や住所を追加。その他、目印となる場所をいくつか候補に挙げて、そこにも電話と住所を記載。これでいちいち携帯電話で調べ直さなくても済むようになりました。

さて、ここから各名所の紹介をしていきますが、いつも通り詳しい歴史や諸々の説明は、観光案内に任せます。私は余り言葉を持たない感覚の人間で、人に何かを伝えるのはとても下手です。ただ思いつくまま体験した事、感じた事を素直に綴ります。

彦根城

彦根城は付近の街並みからして風情があります。伝統的な瓦屋根の家々と、外堀の石垣を横目に気分が高揚するのを感じつつ、駐車場へ車を走らせました。駐車場は1,000円かかります。駐車料金は高いと言えるでしょう。彦根と言えばひこにゃんと言う間抜けな、客寄せパンダ的な所謂マスコットがおりますが、そんな物に頼らなくても充分訴求出来る魅力があると思うのです。いい加減、この様なマスコットの使用は止めたらどうかと思います。まあ、ミャクミャクとか言う気持ちが悪い塵に比べたら、ひこにゃんの方が遥かにましですが。

この頃はまだ、SIGMAのART 20mm F1.4 DG DNレンズの扱いに慣れておらず、大分画像が暗くなりました。この日は一日曇天でしたが、それにしては随分と暗く撮れてしまいました。普段は撮影後に調整するのは邪道と思っていますが、今回はある程度明るく調整しました。外堀には野鳥が何羽か浮かんでいましたが、金黒羽白(きんくろはじろ)でしょうか。所謂渡り鳥です。

外堀と言えば、ふと不思議に思ったのが、西洋の城には外堀が余り無い気がする点について(外堀はあっても水を張っていなかったり)。西洋でも高台に城を構えるのは同じだけれど、高い城壁や丸太を垂直に立てた柵で、城を囲んで守ったりしていました。故に坑道を掘ったり、投石器の様な大掛かりな装置を使って、城砦を攻略していました。水を張った外堀で城を守るのは、山が多く豊富に水資源がある、日本ならでは方法なのかと思ったり。

表門橋を渡って外堀を越え、高台の城を見上げつつ進みました。近代的な鉄骨の橋と違い、木の橋は風情がありますね。流石、国宝彦根城。輝く様な白漆喰が遠目にも美しいです。

橋を渡って真っ直ぐ進むと券売所があります。彦根城だけでなく、彦根城博物館(表御殿)の観覧も含めた券もあります。時間の都合上少し迷いましたが、両方回る事に決めました。城と博物館を両方観られる券は1,500円です。この価格設定はお得だと思います。

上記三枚目の写真は表門山道です。緩い上り坂になっています。コンクリートの舗装が罅割れています。コンクリートは景観が悪いし、人間が作った物は長く持たないのがよく分かります。柵を竹で組んでいるのは良いですね。

山道を抜けて天秤櫓の架け橋を渡り、上を目指します。岩を積み上げて建てられたこの櫓は、とても迫力があります。天秤櫓の前は鐘の丸と呼ばれる広場?になっており、ここから外堀や駐車場を眼下に収める事が出来ます。かつてここに鐘楼があったそうです。天秤櫓は中に入って観る事が可能です(下記右側の写真参照)。

時報鐘と太鼓門櫓の足元を抜けると、いよいよ本丸と天守が見えてきます。時報鐘の隣に聴鐘庵と呼ばれる茶室があります。何やら興味を引かれる響きがありますが、時間の都合上こちらは素通りしました。

本丸からの眺めは壮観で、全方位広い視界が確保されています。城下は近代以降様変わりしてしまいましたが、冠雪した山や西に見える琵琶湖は、きっと何百年前も変わらぬ姿で目に映ったのだと思います。何百年以上も前の昔の人達も、同じ景色を見ていたと思うと、感慨深いものを感じます。

太鼓門櫓も中を拝見出来ますが、頭上注意の虎模様がとーっても無粋ですね。傘の紛失云々の看板とか、言われなくても分かるわ!と思いますが、こう言う事をやらずにはいられないのが、日本人の悪い癖です。

下記の写真はどの辺りで撮影したのか忘れてしまった物ですが、多分時報鐘周辺だと思います。彦根城を鑑賞中、上空で滋賀県警のヘリコプターが飛んでいて鬱陶しかったです。

いよいよお待ちかねの天守です。無骨で物々しい屋根瓦と白漆喰、さり気無い金の装飾が見事に融合して、力強さと美しさが見事に両立していると思います。そしてここでもやはり、売店やカラーコーンが視界を汚してくれました。止めてくれ本当に!足元の無粋な代物は気になりますが、国宝の名に恥じない優雅な城でありました。彦根城へ向かう道中の話。眠気と言うか疲れと言うか、そんな感じなものと頭痛があって帰りたくなった瞬間がありました。なので、珍しくコンビニエンスストアで少し休憩しました(と言っても五分程度)。そして、旅の間ずっと一人で運転をするのは難儀です。体調不良を押して、ここまで来た甲斐があった思いました。

天守に入城して観覧しましたが、ここでは写真を撮っていなかったようで。時間が経ち過ぎたので理由を忘れましたが、どの城も天守の中はこれと言って何も無く、上へ上へと登る構造になっています。多分。城にも依ると思いますが、天守は権威的な象徴の意味合いが強いでしょうか。あまり見所が無いと言うか。全てを観尽くした訳ではありませんが、この後は博物館へ直行しました。

彦根城博物館

予想外に良かったのが彦根城博物館。別名彦根城表御殿は、彦根藩の政庁と藩主の住まいを兼ねた建物を復元した建物です。展示物の豊富さもさる事ながら、屋敷の作りや内装がとても立派で眼福でした。やはり日本の建築は木造に限る。ここでは博物館の中身をちょっとだけ紹介します。

鎧や刀剣、着物、面、衝立等、様々な歴史を感じる物が多数展示されており、この場所だけでも充分お金を払っただけの価値があります。私は特に、刀や鎧を観ているだけで気分が盛り上がってきます。どうでもいい商業スポーツに公金を使わずに、こういった日本固有の文化の保存・継承の為に予算を割くべきなのは言を俟たない。

屋敷は広く、廊下は長く、風通しが良い日本の建築そのものでした。この様な場所に住みたいと思うぐらいに素敵です。一方で庭園は人の意匠が入り過ぎて、ごちゃごちゃしています。日本庭園の鹿威し(ししおどし)や橋は自然界には存在しないですから。それから砂利は川床にある物で、わざわざそれを運んで撒いている時点でただの人工物です。

砂利と言えばよく砂利敷きの駐車場を見かけますが、あれは良くない。車に踏まれた砂利が擦り合って粉末状になるので、砂埃が舞い易いのです。風が吹けば桶屋が儲かるではないですが、砂埃は目に悪い。そして、本当に自然との共生を目指すなら、雑草は抜かずに生えているべきです。砂利を撒くと雑草が生えなくなります。私の家の庭も今は砂利敷きになっていますが、近い将来砂利は全て排除して、雑草に自由に生えて貰いたいと思います。そうすれば虫達が戻って来て、生物多様性が少しは回復すると思います。雑草は生えていて当たり前のもの。それが分からない人達の多い事。

滞在時間は僅か二時間程度でしたが、彦根城は半日いられる場所です。全てを観尽くすのであれば、丸一日かかるやもしれません。彦根城を見る為だけに、滋賀県旅行をしても良いぐらいです。見所満載で、じっくり時間を使って鑑賞すべき場所だと思いました。私は欲張りでせかせかして、あれも見たい・これも見たいと言う思いで動いているので、ここだけに時間を割く訳にはいきませんでした。未練を振り切って、次の目的地へ移動を開始しました。

余呉湖

次に訪れたのが余呉湖です。彦根城から一時間程度で到達出来ます。彦根城からほぼ一本道で、現地付近に到着してから北陸本線の線路を越えて、細い道を真っ直ぐ進むだけです。こちらは天女に纏わる伝承がある他、穏やかな水面が周囲の風景を映し出すので「鏡湖」とも呼ばれているようです。湖の前には天女の彫像が建てられています。余り地元の人間以外は足を運ばないような場所にありますが(実際観光客は私以外いなさそうだった)、ちゃんとした駐車場が整備されています。

残念ながらこの日は雲が陽光を遮っていたので、鏡面効果は得られませんでした。水面に浮いている野鳥が沢山いましたが、滋賀県で有名な鳰(かいつぶり)でしょうか。雪をうっすら被った山と、鈍色の空が何やら重々しい雰囲気ですが、地元の若者達が遊ぶ風景を見られて、心が和みました。家に籠らず外で遊ぶのは良い事ですね。私も高校生ぐらいまでは、外でよく遊んでいました。私のように、彦根城から琵琶湖の西側を旅する人であれば、余呉湖はちょっと寄って行くのに最適な場所です。暫し静かな湖を鑑賞して満足した後、次の目的地へと進みました。

海津大崎

次なる目的地は海津大崎。桜の名所として有名だそうですが、桜の時期でない上に、曇天で暗くて重い・・・湖も空もどんよりと。まあ、行った事に意味があると思います。余呉湖からは30分程度で到着しました。交通の便は非常に良いです。彦根城からはずっと琵琶湖を横目に車を走らせて来たので、街中の運転と違って景観を楽しめながら行く事が出来ました。

ここから見える景色は実に開放的で、琵琶湖の壮大さがよく分かります。晴天に恵まれなかったのは残念でしたが、人が天候を選ぶ事は出来ないので、これも天の采配と受け入れるべきでしょう。海津大崎の次は今旅の最重要目標の針江。海津大崎から針江までは30分程度要します。

針江と川島酒造

針江は正確には新旭町針江地区と呼びます。針江はNHKの取材があった土地で、検索すれば沢山情報が出て来ます。ちょっと値段が高いですが、NHKスペシャルの映像がDVD/Blu-rayで販売されています。報道姿勢はさて置き、NHKは良いドキュメンタリーを撮るところは認めざるを得ません。針江地区では比良山(ひらさん)系の雪や雨が伏流水となり、各家庭からこんこんと清浄な水が湧き出ています。この湧水を生水(しょうず)と呼称します。住人達は家の内外に水を引き込んで炊事用だとか、野菜を冷やすなど生活用水として使っています。この取水の仕組みを川端(かばた)と呼んでいます。地元の方によると、各家庭の水路は当然ながら繋がっているので、次の人(下流)の人達の為に、汚さないように気を遣っているとか。

針江で気を付けなければならないのは、ここは生活圏であって、一般的な観光地とは異なる場所であると言うところ。地元が公式に見学を開催していますが、それ以外で訪れた人達は、断りなく民家を撮影をしない方が良いでしょう。今回私は出来るだけ、公園や公共の水路以外は撮らないようにしました。背景に入ってしまう分はご容赦を。針江に訪れた観光客が困るのは駐車場の問題でしょう。ここには針江公民館がありますが、はっきりと駐車禁止の看板が掲げられています。私は先ず川島酒造株式会社を訪れる事にしました。

川島酒造は名前の通り日本酒の蔵元です。こちらは道路を挟んで、向かいに駐車場があります。建物は歴史と風情を感じる木造建築です。引き戸を開けて中に入ると目の前に商品が陳列され、右手を見やると団体の観光客らしき人々がいて、色々と蔵元の説明を受けていました。私は少し悩んだ後、上撰・松の花(別記事参照)と松の花・しぼりたてうすにごり(別記事参照)を購入しました。

町を散策したいけれど近隣に駐車場が無さそうだったので、店員の方に少しの間駐車して良いか尋ねたところ、有難い事に快諾して貰えました。余り長く駐車するのは気が引けるので、30分程度で回る事に決めました。川島酒造から歩いて、公民館方面に移動しました。道中、民家の側にある水路を見ると、沢山魚が泳いでいました。水が綺麗である証左でしょう。そして大型の水鳥が一羽、手の届きそうな低空飛行で、私の頭上を通過して行きました。堂々と飛び去る姿に感動。水は生命の源であると強く感じました。

時間の都合上前を通過しただけですが、日吉神社(ひよしじんじゃ)を撮影。ここは玉依姫命(たまよりひめのみこと)が祭神です。玉依姫命は初代天皇とされる神武天皇の母親です。神武天皇と言えば、建国記念日関係で最近よく見聞きする名前だと思いますが、同天皇は「神話上の人物」です。2600年前が即位の日と主張する輩がいますが、歴史認識的にも、初代天皇とするのは無理があります。建国記念日は明治政府が1872年に、「架空の日付を創作して定めた祭日」です。

公園の側に水車があったり、人口の池に鯉が放たれていたり。正に水の郷と言う感じです。本当に天気が悪かったのが残念でしたが、晴天であれば水路の梅花藻(ばいかも)が光り輝いていた事でしょう。この藻は清流の中でしか生きられないそうです。

公民館の近くにある立て札には「ようこそ生水の郷へ、水は宝」と書かれています。正にその通り。針江の町は今時の白くて四角い、草木一本生えない、コンクリートで舗装された家ではなく、趣ある建物が多かったと思います。最近の「無国籍建築」や、横文字で書かれた看板で景観が崩壊した街を見ていると、本当にここは日本かと呆れる事が多いですが、針江は古き良き町並みを保っていて安心しました。

まだまだこの日はやる事があったので、次の目的地へ移動しました。いつもの事ですが、この日も昼食をろくに摂らず動き回っていましたが、人間目標があると不思議と力が漲って来るものです。

白髭神社

針江滞在から一時間後、針江から20分程度の所にある白髭神社に到着しました。行き方は大きく分けて二通りあり、琵琶湖沿いに進むか、街中を通るかですが、私は後者を選びました。高島市は本当に交通の便が良い街でした。地方都市ですが道路がよく整備され、且つ交通量が少ないので快適でした。日本は都会よりもむしろ、地方の方が道路整備が行き届いているのではないか、とよく思います。白髭神社は敷地内に狭いですが、駐車場を備えています。

白髭神社の主祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)で、公式サイトによると「御神徳」は縁結び・子授け・福徳・開運・攘災・招福・商売繁盛・交通安全と多岐に渡ります。私は神社を参拝する時、いつも「世界人類が平和になりますように」と願い事をしますが、一向に叶わないのでおかしい。要求が過大だったのか。なので少し要求を下げて、「高市の退陣、もう一越えして自由民主党が政権から下りるのと、ドナルド・トランプが早く消えるように」と願っておきました。この妥協案でなんとかして欲しい。希望的観測ですが、トランプは秋の中間選挙で落ちると思います。ここでトランプを排除出来なければ、いよいよアメリカ国民も日本人と同じで終わっています。

ここは全国の白髭神社の総本社だそうです。天照大御神(あまてらすおおみかみ)の総本社が言わずと知れた伊勢神宮。火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の総本社は静岡県の秋葉山本宮秋葉神社などありますが、社格とかあるのでしょうか。私は全く信心深くないですが、祈りを捧げるのは何処であっても構わないと思います。私は神社に長く滞在しない方なので、駐車場から階段を登った先にある内宮などで参拝をして、速やかに用事を済ませました。上記一枚目の写真に、道路を挟んで琵琶湖に浮かぶ湖中大鳥居が見えます。この鳥居越しに日の出や日没なぞ拝めたら幸いですが、天気が・・・そして今回も、手水を忘れて参拝してしまったのに後で気付きました。普段、礼儀作法に余り頓着しない方なので、こういう時に無作法が出てしまいます。

上原酒造

白髭神社で用事が済んだ後、次に向かったのが上原酒造株式会社。私が強く支持する日本酒の不老泉で有名な蔵元です。前述の川島酒造で上原酒造の事を聞くと、ここから(上原酒造から)10分ぐらいと教えてくれました。同じ針江地区にあるので、本当は同時に訪れた方が効率が良かったですが、日没前に白髭神社に行きたかったので、こちらは後回しにしました。それから、当初の予定には上原酒造訪問はありませんでした。旅行直前に偶然にも、上原酒造が新旭町にある事を知って、急遽予定に組み込みました。正に運命だと感じました。

Googleの航空写真だと不鮮明で分かり辛いですが、上原酒造はかなり狭い路地に入った所にあります。目立たない所にひっそりと建っており、普段は余り人が訪れる事が無いように見えました。最初駐車場が分からなかったですが、蔵の前に狭い駐車場所が確保されています。蔵の前にある住宅や向かいの建物も、同じ人の所有物かもしれません。

蔵の中に入ると中は静まり返っており、最初は人の気配がありませんでした。御免下さいと挨拶すると、男性が一人現れました。建物の中は他に働いている人はおらず、この方が恐らく杜氏(以下分かり易く店主と呼称)だと思います。沢山作れない少量生産体制なのに、恐らく一人で働いていらっしゃるのでしょう。頭が下がります。最初は気難しい方かと思いましたが、思い切って話しかけると意外と気さくな方でした。ネット情報だと試飲出来るようですが(今現在もやっているかは不明)、私は運転があるので買い物しか出来なかったのが残念でした。

建物は内観・外観共に、とても風情がありました。店主に店内撮影の許可をいただいて、一枚撮らせて貰いました。諏訪の旅行で訪れた蔵元と違い、良い意味で雑多とした蔵内でした。店主は謙遜していましたが、本当に素晴らしい。生活感があって、実際に酒造りをしている作業感も出ている雰囲気で、正に職人の酒蔵と言う印象を受けました。現代は生活と仕事の場所が分離している事が殆どですが、本当は生活空間と仕事場が同じ所にある方が、遥かに合理的だと思いますね。自宅で働けるなら、育児や介護も楽になるし。現代社会は非合理で、病んでいると思います。

写真の左下に野菜が入った籠が映っていますが、川端で冷やす為に置いてあるものだと思います。実際、川端に浸かった野菜達が視界に入りました。ここで初めて川端を間近に見ましたが、店主によると本当は「かわと」(かわど?)と言うそうな?今は川端(かばた)で定着しているみたいです。こう言う生活感があって、歴史ある建物を見るだけで、とてもわくわくします。正に眼福。これだけでも、旅行に来た価値があります。店主は参年物に加水した商品や、火入れした一年・二年物を紹介してくれました。二年物は好き嫌いがはっきり分かれるとか。私はこちらで二年物(別記事参照)を購入しました。通販でも購入出来ますが、蔵元で直接酒を購入するのは意義があります。商品説明を受けた後は、私が不老泉を知った経緯だとか、少し雑談も交わさせて貰いました。蔵を出る時は、丁寧に挨拶をして送り出していただきました。またいつか機会があれば、再び訪れたいと思います。

今津サンブリッジホテルと夕食

この日の宿は今津サンブリッジホテル。上原酒造から車で20分もかからない位置にあります。この日は何度か国道161号を行ったり来たりしましたが、非常に流れが良く便利な道路です。ホテルは国道の東、県道333号沿いにあります。またの機会があれば国道ではなく、琵琶湖を横目に333号を走りたいと思います。高島市の道路は道幅が広く、直線が多いです。基本的に混む事もなく、利便性が高い。ここ数年で静岡と長野で旅行しましたが、滋賀の交通が一番快適でした。

ホテルの東に琵琶湖があり、西は少し離れた所に山が見えます。駐車場は西側にあり、広くて使い易いです。この日はあまり寒いと感じませんでしたが、駐車場に所々雪が積もっていました。ホテルの外観やロビーは綺麗だけど、部屋はそうでもない印象でした。私は綺麗なトイレと風呂があれば全く文句ありませんが。部屋で一服を兼ねて旅の記録を取りつつ、今晩の夕食について考えました。

ネットで調べると333号線沿いに、いくらか飲食店があるのが確認出来ましたが、台湾料理屋が目についたのでそこに決めました。すっかり日が落ちて暗くなった頃に移動を開始。私は中国人や台湾人が経営する、特別美味くも不味くもない、大衆的な中華料理屋が好きでたまに利用します。台湾料理が楽しみでしたが、残念ながら春節で休みを取っていました・・・なので、反対側にある中華食堂成都と言う別の店にしました。このお店は石田川沿いにあります。

店に入ると高校生ぐらいの若者から高齢者まで、地元民と思しき人達が何人かいました。少し悩んだ後、ジンソーダと炒飯、こってりラーメンを注文。ご飯が到着するまでの間、ぼんやりと店のテレビを観ていましたが、寺の火災のニュースが目に飛び込んで来ました。最近やたらと、火災や殺人放火が多い。山林火災や地震も多い。これは政治と無関係ではないでしょう。政治がおかしくなれば、世も乱れる。それから、私は基本的に陰謀論は嫌いですが、「不都合な真実」から国民の目を逸らすため、意図的に騒乱を起こしている可能性もあると思います。寺社は線香が火元になる火災が多いと聞きますが、それにしては火事が多くないですか?山林火災も放火だと思いますけどねぇ。事件やくっだらないスポーツをテレビで垂れ流し、その裏で悪事を働く。注意を逸らす、或いは真実を歪めて報道すると言うのはロシアのプーチンもよく使う手法で、3S政策で骨抜きにされた日本国民なら、簡単に騙せますから。旅行の前後で観たニュースだったでしょうか、高市早苗が「成長のスイッチを、押して押して~♨☆」とか訳が分からない事を言っていましたが、本当にむかつきましたね。こっちは押したら高市が死ぬ釦が欲しいところだ。

閑話休題・・・提供まで30分ぐらいかかりましたが、一人でやっているのだから仕方ないでしょう。カウンターに「時間がかかります」と言う注意書きも置いてくれているので、承知しておりました。冷凍した物を温めただけではなく、ちゃんと調理する食べ物を提供しているようでした。炒飯は緑茶?みたいな香りがする変わった味でした。ラーメンは汁の重さを感じるが諄くなく、味が濃過ぎず美味しかったです。見た目通り素朴な味わいのラーメンでしたが、こう言うラーメンが一番美味いと思います。ご馳走様でした。

バーA店

成都で程良く胃を満たし、少し酒も入ったところで旅のお楽しみ。現地のバーでしっかり飲む事にしました。天気はほぼ一日曇りでしたが、バーへ行く道中夜空を見上げると、星が瞬いていました。地元と同じで、街灯りのせいで殆ど星が見えなかったですが。ホテルの方へ戻り、事前に調べていた駅の近くの店へ足を運びました。ここを仮にA店とします。入店したのは20時を過ぎていたと思います。入って真正面にカウンターがあり、若い店員さんが一人だけいました。棚は明るく照らされて酒瓶が輝いていましたが、店全体を含めて明る過ぎず、良い具合でした。

いつも通り、先ずはカクテルで乾杯。ジントニックを注文しましたが、珍しい事にトニックは缶入りを使っていました。記憶が朧気で何処から得た情報か忘れましたが、瓶は高く付くので、業界ではトニックを缶やペットボトルに替える狙いがあるとか?ジンはタンカレーを選択しており、ちゃんとライムを使っていました。少しの間客は私一人でしたが、店員さんが常連は21時過ぎに来るみたいな事を教えてくれました。二杯目は名前は知っていたものの、一度も飲んだ事が無かったトマーティンのレガシー。残念ながら、トマーティンの味わいは記憶から霧散してしまいました・・・

バーの楽しみは酒を飲む事だけでなく、店員さんと酒の話で盛り上がったり、当地の情報が入手出来たりと、そこで出会った人達との交流を楽しめる事もあります。店員さんは気さくで話が面白く、同じ酒好き同士で会話が弾みました。お店に立っている時に酒の香りに誘われて、つい飲みたくなるとか。家が遠いので運転代行が高くつくし、飲むのを我慢しているとか。他にも色々と話を聞かせて貰えて、鳰の事やとんちゃんが高島発祥だと教えて貰いました。それまで私はずっと、とんちゃんは豚肉限定だと思っていました。この店以外にも掛け持ちで働いている店があるそうで、忙しそうでした。私は酒が入った時、話し相手が良い人だと、つい饒舌になってしまいます。店員さんは、私が少し浮かれて語る酒の知識を真剣に聞いてくれて、ちゃんと手帳に控えていました。日本の酒ならあかし、ジンはロンドンヒル等を勧めました。所謂筋トレの話もしましたが(どう言う経緯でその話になったか忘れた)、継続する事の大切さと、お湯を沸かす時の待ち時間で筋トレをすると、時間を有効活用出来るみたいな取り留めもない会話だったと思います。

三杯目は値上がりでずっと敬遠していたボンベイサファイア。10~15年ぶりぐらいに飲んだと思います。ボンベイサファイアの度数はやや高い47度ですが、度数を感じさせない穏やかなアルコール、心地良い柑橘を感じられて美味しい。バーは何故かゴードン、ビーフィーター、タンカレーばっかり使って、ボンベイを置いていない所が多い気がします。


店員さんの言う通り、21時過ぎから常連と思われる人達や、もう一人の店員さん、このバーの経営者の人が来ました。もう一人の店員さんは、客の奢りで酒を飲みながら働いていました。所謂オーセンティックバーでは有り得ないですが、たまにお客さんに奢って貰って、一緒に飲みながら仕事をしているバーがあります。その様な店は、地方都市に多い感じがします。多様性と言うか、色んな店があって良いと思いますので、私は一向に構いません。もう一人の店員さんは良く言えば凄く友好的な人で、遠慮無く話しかけてくれました。雑談していると、私が結構髪を自然乾燥に頼っているけれど、割と痛んでいないとか、前髪は自分で切ったでしょとか、こちらの事を見抜いてきて鋭い人でした。

私の背後では経営者と常連の人達が楽しく酒を飲んでおり、常連客がアコースティックギターをかき鳴らし、ずっと歌っていました。しかも歌が上手い。話しかけてみると、ピックアップを使っていると教えてくれましたが、楽器の知識が無い私にはよく分かりませんでした。四杯目はジョニーウォーカー12年(黒ラベル)。これもボンベイと同じく、10年以上は飲んでなかったと思います。以前飲んだ時の記憶よりも、美味しく感じました。その当時は、この酒の美味さが分からなかったのかもしれません。ジョニーウォーカーはキーモルトにタリスカーを使っていますが、確かにタリスカーの影響を感じさせる味わいでした。この旅でジョニーウォーカーの美味さを再発見して、後日購入に至りました。

最後に飲んだのがタリスカー10年をロックで。タリスカーは私が一番好きなスコッチの銘柄の一つです。写真を見ると分かりますが、並々と酒が注がれています。これには理由がありますが、ここでは割愛します。タリスカーはやはり美味かった。経営者の人は大分酒が回っていたらしく、ずっと同じ事を喋っておられました。騒がしかったし、疲れていたし、酒の味をはっきり覚えていませんが、しかし楽しかった。23時ぐらいにはお暇したと思います。たっぷり2時間半楽しませて貰いました。実に面白いバー。PJハーヴェイのライブで大阪に行った時、非常に砕けた下町のバーみたいな所に行きましたが、ここは更に砕けた感じでした。恐らくこの店は、経営者の趣味でやっているのではないかと思います(間違っていたら失礼)。接客とか価格にそれが表れていましたが、多くは語らないようにします。この店はあらゆる事が初体験で、前代未聞のバーでした。また来たいと思うぐらい、楽しい時間を過ごせたと思います。

翌朝、お土産調達と次の目的地へ

どんなに酔っていても宿に戻れなかった事は無いし、ちゃんとシャワーを浴びてから寝ていたのが我ながら偉い。風呂から出た後、ベッドに横になったら即寝てしまったらしく、気が付いたら朝でした。休日でも7時前に起きるようにしていますが、7:44まで寝てしまった。身支度をして駐車場に出ると、車の硝子が凍結していました。近くのエネオスで給油を済ませ、コンビニエンスストアで朝食と珈琲を調達。この日の作戦を練りました。二日目の目標はお土産の調達と、居醒の清水(いさめのしみず)で有名な加茂神社に行く事でした。

荷物を纏めてホテルを出た後、ホテルの目の前に広がっている琵琶湖を見に行きました。Googleだと琵琶湖国定公園 今津周遊基地(何故基地?)と名前が出て来る所です。駐車場があるのでそこに車で入り、暫し広大な湖を前に佇みました。ここでも野鳥がぷかぷかと、沢山浮かんでいるのが見えましたが、鳰でしょうか。お土産はホテルから車で10分程度の所にある、たかしま・まるごと百貨店で調達する事にしました。

こちらの店内はそこまで広くないですが、凡そ「お土産と言えばこれ」と言う感じの物を一通り揃えているので便利なお店です。私が大好きな日本酒、不老泉も沢山取り揃えており、よく分かっていらっしゃると思いました。効率を考えるなら昨日の白髭神社の帰りに、こちらに寄って買い物を済ませた方が良かったと思います。まだまだ、計画性が足りない。私は買い物に時間をかけない方なので、速やかに買い物を済ませて次の目的地、加茂神社に向かいました。

加茂神社

加茂神社は私の車のぽんこつナビでも、ちゃんと検索に上がって来ました。琵琶湖の北を回って、百貨店から一時間弱で到達しました。居醒の清水の話は古事記や日本書紀にも登場するそうです。日本武尊(やまとたけるのみこと)が病を治した霊水とも伝えられているとか。日本人として、これらの書物をいつか読まねばと思っています(古事記はあるけど読めていない)。ネット情報では「醒井宿は出来るだけ公共交通機関をご利用下さい」と出て来ますが、有料駐車場が整備されているので、そこに駐車すれば良いと思います。神社から西の方に、よく整備された駐車場があります。私が行った時は空車ばかりでした。駐車料金は400円です。

私は本当に記憶力が悪くて、もう殆ど記憶が薄れていますが、ネットを検索すると出て来る「ここなら駐車して良いよ」と言われている場所は、多分ですが、醒井木彫美術館の駐車場だと思います。地元の人から聞きました。美術館は私が訪れた時に営業していなかったので、私は有料駐車場に駐車した次第です。

たまに「お金を置いて行って下さい」みたいな案内を掲げて、野菜とかを道路沿いで販売している所がありますが、そんな感じで商品を販売しているお店がありました(上記上段左右の写真参照)。色々と手作り商品みたいな物を置いていたので、興味を持って少し拝見しました。天然木の角材が販売されていましたが、購入しても良かったかなと思います。木工の既製品は、私が欲しいと思う基準を満たしていない物が多いので、その内に工作機械を導入して自作出来たらと思います。

自宅の目の前に川や水路がある風景は素敵ですね。昨日は曇天でしたが、この日は好天に恵まれて、光り輝く梅花藻がお目にかかれて満足でした。伝統的な民家が立ち並び、程良く整備された水路が家々に良く馴染み、自然で落ち着いた風景を作り出しています。梅花藻は七月初旬から九月中旬に開花するそうで、機会があればいつか見てみたいものです。

神社の近くには何故か水槽とプラスチックの柄杓?が設置されていましたが、これが手水舎なのでしょうか。だとしたら、何とも風情が無いと言うか、これで良いのかと思いますが・・・

この日はとても静かで、私以外の観光客は一人か二人ぐらいしかいなかったと思います。ネット情報だと、もっと観光客が訪れる雰囲気でしたが。下らないテーマパークとか万博に行くよりも、日本の自然や文化を大事にして学びに行けよ!と思います。

ここを訪れた時に、この神社の御利益は知りませんでしたが、私が願う事はいつも一つ。自分を含めた全ての人達の平和と幸福のみ。そして、善良な人達の幸福追求を妨げる、全ての悪の懲罰です。

神社の高台から醒井(さめがい)の町を見下ろすと、非常に風情がある町並みなのが分かります。ここはかつて中山道の宿場町でしたが、原風景と言うか、歴史の面影が残る土地だと思います。

お参りを済ませた後、速やかに帰路につきました。この旅行で出来れば神崎川も見たかったですが、今回は諦めました。代わりに別の日に別の場所で、綺麗な川を観る機会を得ましたが、それはまた別の記事で。

気候について

この旅行中は、諏訪旅行と同じ服装で過ごしました。軍用規格の迷彩のジャケットに無印のシャツ、デニムパンツと中に防寒用の肌着。この時期の滋賀は冠雪している山が多く、路肩に雪が見られました。湖と山の影響で、私の地元より寒いようでした。寒いは寒いけれど、諏訪の時程寒さを厳しく感じませんでした。帽子や手袋は必要ありませんでした。近年は、二月と言えばかなり暖かく感じるようになってしまったので、滋賀県も例外ではなく。二日目は晴れて春の様な陽気で、途中でジャケットを脱いでしまいました。二月なのに、車で移動中は冷房をかけたぐらいです。そして、大気がかなり霞んで遠くの景色が見られなかった。多分、大気がかなり汚れているのでしょう。気候危機はいよいよ深刻化しています・・・

最後に

滋賀県の歴史的建造物、自然、日本酒の蔵元、神社巡りと内容盛り沢山で、満足度が高い旅行でした。針江は機会があればまた行きたいですし、大阪以外の近畿地方の県を、他にも見て回りたいと思います。この旅行の後に再び長野、そして三重、岐阜と旅行しましたが、忙し過ぎて記事が追い付かず。暇を見つけては、ちょくちょく更新したいと思います。

記事公開 2026年10月17日

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